賃金の全額払い
【事案の概要】
建設会社Yで営業担当のXは代金後払いの受注を取り付けるという業務を担当していた。Yでは受注額が高額なこともあり、Xに対し契約締結において必ず説明しなければいけない事項や会社で決められた書面での契約締結などを徹底するように指導していた。
ある時、Xから一身上の都合により退職したいとの申し出があったため、Yは他の営業担当への引継をするように指示した。引継を進めていくと、Xの担当客には何件かの後払い未回収事案があることが発覚した。Yがこの未回収案件の状況を尋ねると、Xは会社の指示した契約の手順を遵守せず、杜撰な契約を締結しており、その点を顧客につけこまれ、工事の仕上がりに難癖をつけられ、挙句回収不能となっているとのことだった。
YはXが指示通りの契約手順を踏まなかった点を重視し、Xに損害賠償を求めたところ、給与から天引きしてもらって返済しますとの返答があったが、翌日よりXは出社しなくなった。Yは対抗手段として、直後の給与支払日のXの振り込みを止めたところ、「Xから給与が支払われないとの申告があった」との連絡を受け、労働基準監督官がYへの調査に訪れた。
【当事務所の関与】
監督官臨検時の立会い
【事案の顛末】
損害倍書の可否についての判断は労働基準監督署での所管ではないので、その点については触れられることはなかったが、賃金全額払い、一定期日払いについては労働基準法違反であるということでの指導となった。
Yは「Xとの損害の控除について合意ができているが、その割合についてまでは話し合っていないので、本人と会うまでは払えないと主張する。」
監督官は「それは賃金全額払いに反する。民事で確定していないものは事理明白とはいえないから賃金控除の労使協定の対象にもならない。控除の意思表明についても、その状況からして真に自由な意思に基づいているとは思えない」とYに支払いの履行を促した。
Yは「翌日よりいきなり来なくなり、顔を見せず給与だけ支払えというのは、どうしても納得できない。必ず現金で払うので、取に来るようXに伝えてほしい」と監督官に依頼したところ、監督官が応諾した。
Xの給与が毎月、銀行振り込みだったことを考えると、この月だけ手渡しするということについて労働契約上の問題をXより主張される可能性もあったが、この後、Xは給与を受け取りに来ることとなり、是正勧告等、書面での指導を労働基準法監督署より受けることなく、無事終結した。